ワーゲンのビートルに乗りたい理由
今日は午前中帯広、午後は札幌でしたが、何と過ごしやすい気候なのでしょう!昨日東京にいて「東京の気温はおかしい」と日記にも書きましたが、史上最高気温の39.5度だったと言うことで、「やっぱり・・」という感じです!
さて、近頃も色々な質問を頂いています!「年金問題についてどう思うのか?」「小泉さんをどう思うか?」「道警問題に関してどのように考えているか?」「将来の北海道はどうなるのか?」・・・本当に色々な質問ありがとうございます!
これらの質問に関しては、今までの日記に書いてあることもありますし、書き切れていないものもあり、一度整理しようと思っていますので、少々お待ち下さい。
そして、これらの質問より圧倒的に問い合わせがあったのは、「何故、道議はワーゲンのビートルに乗りたいのですか?」という7月15日の日記に対する質問でした(笑)!
政治的な質問では無く、こういう「どうでも良い内容(失礼!!)の質問」も来るのですね!!
それではご説明します。僕がまだ、本当に小さかった頃(小学1年生の時!)、近くの薬局の社長がワーゲンのビートルに乗っていました!その時には、自分の家にも車が無く、そのビートルを一目見て、欲しくて欲しくてどうしょうもなくなり、母に「あの車欲しい」と言ったのです。しかし、その当時、外車は高嶺の花で我が家でそんな車は買えるはずも無く、母は僕に「欲しいわねー。でもいつか買えるときが来たら買いましょうね」と言ったのを鮮明に覚えています。
時は流れ、僕がアメリカの大学の学生だった時、かなりの貧乏学生だったのですが、車社会のアメリカではどうしても車が必要になり、僕は安い中古車を探しました。そして、ぼろぼろのワーゲンを手に入れたのです!本当にぼろぼろの車体でしたが、「やっとあの車を手に入れることが出来た」という、その時の嬉しさは言葉に出来ない程のものでした!(確か車は20万円以下の値段でしたが・・・)。そのワーゲンのナンバープレートは[MASARU]で、本当に良く壊れる車でしたが、そのワーゲンで色々な場所に行き、アメリカ大陸も横断したのです!僕が日本に帰る時には、その車を手放すのが残念でなりませんでした。
それから20年が経っています。しかし、僕は青春を一緒に過ごしたあのワーゲンのことが忘れられず、今までずっと「ワーゲン」に乗りたいと思っているのです!
こんな答えでよろしいでしょうか?
全く「道議会議員の日記」という内容からかけ離れましたが、質問が来るって事は、たまにはこういう日記も良いってことですよね・・・?