おかしいぞジェンダーフリー
今日は朝から気分が悪い状況でした。それは何故か・・・?
実は朝の番組で教育現場における「ジェンダーフリーという思想」に関して賛成派と反対派に分かれて討論をしていたのです。僕は訳の分からない「ジェンダーフリー教育」などというものには「絶対反対」の立場をとっています。以前の日記にもこのことについて書いてありますが、今日の討論は何故か「推進派」に「反対派」がやつけられてしまったような感じでした。
賛成派は、見たことのない大学教授や学校の先生3名、反対派は僕が良く知ってる参議院議員と大学教授の2名(僕が一方的に知ってるだけで相手は僕のこと事を知りませんが・・・)でした。
賛成派の大学教授はとにかく「押し出し」が強く、反対派の大学教授が「たじたじ」になる場面が多々あり、本当に見ていてストレスがたまりました。「こう やって切り返せよ!」とか「そんな質問はおかしいって指摘しろ!」とかテレビに一方的にしゃべりまくってしまいましたが、それくらい歯がゆい感じでした。
あの番組を見た人が「ジェンダーフリー」も悪くないかも・・・なんて思ったらとんでもないことなのです。多くの方はジェンダーフリーの意味を間違 えているような気が僕はしています。イメージ的には「男女が平等であるべき」「男尊女卑はおかしい」という考えと思っているようですが、それは間違いで す。
人間として男も女も平等です。これは当然です。ですので、勘違いをしている人は「ジェンダーフリー」というものを手放しで「当然のこと」または 「そうあるべき素晴らしい考え」として受け入れてしまっているのでは無いかと思うのですが、「ジェンダーフリー」という考えは「性差」をなくすという考え なのです。「男も女も性的な差がないのが素晴らしい」という考えなのです。
どういうことか・・といいますと、例えば今多くの学校で問題になっていますが修学旅行の部屋を「男女一緒にする」とか(これは驚くべきことですが 本当に起こってます。性差がないのが素晴らしいという考えならこういうことをする教師の行動は理解できますね?男女平等という考えとは次元が違うことが分 かると思います!!)、今は、クラス毎の出席名簿が男女混合になっていますし(別にこれは問題がないかもしれませんが、でも学校のカリキュラム上男女別の 方がやりやすいといっている教師の意見は無視され、ヒステリックに男女混合名簿の作成が推進されているようです。別々にしたからって「差別」になると思う 人がいるのでしょうかね??)例えば「性差」がないのですから、「男は女性ばかりを愛するのではなく男性を愛することだってある」という「同性愛を奨励」 するかのようなプリントを先生が生徒に配っていたという事件もあるのです。
同性愛のかたを否定するつもりはありませんが、学校でこのような事を子供が教えられてると知ったら「親」たちはびっくりして怒るのではないでしょうか?今「ジェンダーフリー」を巡って大変な教育が進行しているということを我々はもっと知る必要があると思っています。
「男らしさ・女らしさという考えが差別だ!」などと騒いでいるのが「ジェンダーフリー」なのですが、僕には到底理解できません。「ジェンダーフ リーを反対するなら、男らしさ・女らしさを定義しろ!」などと訳の分からない質問を推進派はテレビでしていましが、そんな概念は人それぞれなのです。
男の子がその子の概念の中で「男らしくなりたい」と思うことに何の問題があるか逆聞いてみたいものです。「男らしいという概念」も「女らしいという概 念」も往々にしてプラスのイメージで捕らえられているものだと僕は思っていますし、このような「生物学的」な考えすらも破壊してしまおうとする思想に対し てはもっと多くの人が反対の意思表示をすべきだと思っています。
追伸 今日は、中標津に日帰りだったのですが、中標津ではおいしい昼食を食べることができました。僕は日本や全道を渡り歩いて土地土地の食べ物を結 構食べていますが、中標津にもお気に入りのレストランがあるのです(ラ・キンコという名前です)。本当に何でもおいしいので近くを寄ったら行ってみて下さ いね。